救急搬送

出産翌日目が覚めると、先生と助産師さんが一緒に部屋に入ってきた。
「酸素のスイッチを切るとやっぱり苦しそうで、まだ様子を見た方が良いと思いますので念のために病院に搬送します。準備ができ次第、救急車を呼びます。」と、言われた。昨日までは、明日にはボックスから出られると良いですね~なんて言われていたので、病院に行くことなど想像もしていなかった。
看護師さんに「誰かおじいちゃんやおばあちゃんなどついて行かれる方はいますか?」
と聞かれた。「私も、一緒に行きたいです!いいですか?」
「まだ産後間もないので先生に相談してみます。」
赤ちゃんが傍にいないのに私だけここにいるわけにいかない。赤ちゃんの傍についていたいって思った。そのあと私の外出許可が出た。他の赤ちゃんはみな元気そうに窓越しに並んで寝ている。うちもそうなるはずたった。
けどうちの子はこれから病院へ救急搬送。夢みたいな気持ちになった。
何が何だかよくわからないまま一緒に救急車に乗り込み、こども病院に向かった。

NICUの病棟に着いた。色々な検査をし終わるまで、待合室で入院の手続きや説明を受けたりして待った。暫くすると、先生が入ってきた。
「チアノーゼの症状が出ています。入院して様子を見ていきましょう」
「そしてお母さんがダウン症の疑いをされているとのことなんですが。」
私はそういう風に思った経緯を全て先生に話した。すると、
「気にされるなら検査することもできます。お母さんがお父さんとも相談して、検査されるかどうか決めてください。」
その時、病院としてダウン症の疑いがあることなど先生は一言も言わなかった。そういう所って先生はうまいなぁーって思った。私は、本当は赤ちゃんがダウン症でもなんもないのに私一人の考えで検査しようとするのは何か違うんじゃないかと、いまだに思っていた。

「ダウン症であることを早く知るメリットっていうのは特別ないと思います。今検査して知るのも、一か月後に検査して知るのも。ただお母さんが気になるから早く知りたいと思われるなら検査してもいいと思います。」というような事を先生が言った。
私は究極の質問をした。
「先生は赤ちゃんを見てどう思われましたか?」
やっぱりダウン症の疑いがあるのかが知りたいから。それによって検査をするかどうか決断したかったから。
「まぁ確かに皮膚が多少柔らかいかなぁ~とは思いました。」
専門の先生の口から、ダウン症だと疑うような言葉を口にした。
私は一気に涙が出た。やっぱり私だけじゃなかったんだ。産婦人科では助産師さんも、そして病院ではとうとう先生の口からも疑いの言葉が出たんだ。

私の中で確信になった。頭が真っ白になった。これが私にとってのダウン症の告知となった。

「検査をお願いします。」と私は言った。
検査結果が出るまで二、三週間かかるらしい。自分の中ではもはや、もう現実を受け止めなきゃいけないという考えになっていた。
夜、夫と電話で話をした。二人とも電話越しで泣いた。

「私たちの子供には変わりないからね。」

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こころさく。

Author:こころさく。
ダウン症児と向き合う、育児、療育ブログ。
H25年1月に次女が誕生。生後すぐNICUに。チアノーゼ、多血症、肺高血圧でした。退院後の検診で、心房中隔欠損症と肺動脈狭窄症の疑い。心臓カテーテル検査後、新た乳び胸がわかり、ドレーン貯留し入院継続。胸水が溜まらなくなり、退院。
手術が決まり再び入院するが、カテ後手術不可の判断。内科的治療を開始し、1年後再びカテ入院。検査結果、肺高血圧の改善がみられました。現在引き継ぎ内科的治療で経過観察中。

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